ロサンゼルスの3試合は、今
年1月に死去したUSCの伝説
的監督、故ロッド・デドー氏の
名前を冠した球場で行われた。
デドー氏は日米大学野球大会創
設に尽力し、同大会のみならず
米国遠征した日本チームを歓迎
し、ドジャースに在籍した野茂
英雄や石井一久に目を掛けるな
ど、大の親日家で知られた。1
996年には日米野球振興に尽
くした功績が認められ、日本政
府から勲四等旭日賞が授与され
た。
大会初日の開会式では、孫の
アダム・デドー氏(同大1年
生・野球部所属)が始球式を務
め、両国選手が日米アマチュア
野球の橋渡しをした恩人に敬意
を表し、プレーボール。野球を
通した日米親善の幕が開けた。
日本選抜:
甲子園の熱闘再現
自力に勝り勝ち越し
日本高校野球選抜は、甲子園
で数々の大会記録を樹立し、逆
転に次ぐ逆転に象徴されるよう
に、球史に残る名勝負を戦い日
本中を沸かせた甲子園球児ばか
り。対する米国選抜チームも、
全米プロ野球スカウト協会から
推薦された中から選抜された好
選手。両軍優れた選手を揃え、
熱戦を繰り広げた。
大会は通算戦績3勝1敗1分
けで勝ち越した日本選抜が、甲
子園の熱闘を再現し自力の差を
見せつけた。第3戦の土壇場九
回には3点を揚げ同点に追いつ
き、引き分けに持ち込んだり、
第4戦は安打点の猛攻で大勝、
第5戦は斎藤、田中の両エース
の力投に、打線が応え逆転勝利
した。
野球の本場アメリカで、白球
を追いかけた甲子園球児は日本
には少ない内外野天然芝のフィ
ールドを縦横無尽に駆け巡っ
た。日本選手は「甲子園で戦っ
たライバルと一緒に野球ができ
てうれしかった」と口をそろえ
た。
第3戦(2日)
斎藤打たれ劣勢も
土壇場で同点分けに
甲子園大会で早稲田実を初優
勝に導いた斎藤佑樹(早稲田
実)が先発。3回に3連打を浴
びて2失点、4回にも無死1塁
で2点本塁打を浴びて降板し
た。
7回からリリーフした準優勝
校の駒大苫小牧の田中将大が1
安打無失点に抑えた。その粘投
に応えるかのように、打線が奮
起し日本は3点を追う土壇場9
回、船橋悠(早稲田実)の適時
打などで6—6の同点とし、9
回制の規定により引き分けた。
第4戦(3日)
橋本8打点, 榎下好投
猛打、16得点で大勝
2点先制を許した日本選抜は
3回、橋本良平(智弁和歌山)
の3点2塁打などで4点を入れ
逆転。7回には安打の猛攻で、
点を挙げて試合を決めた。橋本
は4安打8打点の活躍。
投手陣は先発榎下陽大(鹿児
島工)が5回3分の2を3失点
(自責点1)と好投。田中と金
城長靖(八重山商工)の継投で
米国選抜打線を封じ、—3と大
勝した。
第5戦(4日)
斎藤、田中の好継投
逆転勝ちで有終の美
甲子園の決勝戦で回引き分け
再試合を演じ、好敵手だった先
発斎藤と抑え田中の好継投で、
日本選抜は勝利を収め有終の美
を飾った。
斎藤は5回3安打1失点。1
回の先頭打者から4連続三振な
ど、毎回の8三振を奪った。5
回に先制点を許したものの好
投。6回からマウンドに上がっ
た田中は、全5試合救援。4回
を2安打5奪三振の無失点で最
終戦を締めくくった。
打線は6回、今吉健志(鹿児
島工)の適時打などで3点を返
し逆転に成功。9回には本間篤
史(駒大苫小牧)が1点適時打
を放ち、4—1で勝利を収め
た。
和泉・日本選抜監督
送りバントなど日本の持ち味
を見せることができよかった。
真剣勝負があったからこそ、互
いにいいプレーを認め合うなど
アメリカの人々との親善が育ま
れたと思う。選手には米国遠征
で感じたものを日本に持ち帰っ
て成長してもらいたい。
米国チームの初球フルスイン
グや初球盗塁を試みたりできる
のは、思い切ってできる精神構
造の環境があるからではない
か。他方、日本はまだ少し、指
示しないとそうゆうことができ
ない選手が多い。米国のような
積極性を出せる選手を1人でも
多く育んでいきたい。
ミラー・
米国西部選抜監督
日本は今まで対戦した中で最
高のチーム。九九年に近鉄バフ
ァローズのトライアウトを受け
たことがあるので、日本の実力
の高さを承知していた。日本の
野球は世界の模範だ。
斎藤は速球、変化球とも制球
よく、牽制で走者を刺すなどス
マートな投手。田中投手は、い
いフォークボールを持ち精神的
にタフで、相手が対戦したくな
いタイプ。どちらの投手も、不
利なカウントからでもストライ
クを取り打者を打ち取るなど、
アメリカにきてマイナーからや
るのもいいかも知れない。
米国は今大会に備えたが、準
備期間が少なかった。素質のあ
る選手が多いので、チームプレ
ーの基礎をもう1度教えたい。
敵将の印象選手筆頭に
鹿児島工・鮫島
両エースからも収穫
トーレンス在住の叔母、新原
由美さんの家庭にホームステイ
した鮫島哲新(鹿児島工)は、
甲子園の準々決勝で、決勝ホー
ムランを放ちそのボールを母に
贈った。今大会でもニューヨー
クで打ったホームランボールに
サインを入れてホストマザーに
プレゼントした。
鮫島はロサンゼルスでは2試
合に出場し、親戚や鹿児島県人
を感激させた。最終戦では2安
打する活躍で、米国西部選抜の
ミラー監督から日本選抜の最も
印象に残った選手の中の筆頭に
挙げられた。
斎藤、田中両投手の球を受け
た鮫島は、「やはり、日本のト
ップ2は切れが違う。速球は手
が痛いほどすごかった」と実力
に驚いていた。また、両者の決
め球、スライダーは軌道が異な
ることを指摘。それぞれの質の
高さを解説しながら、2人とバ
ッテリーを組んだことで「リー
ド面でも勉強になった」と米国
遠征の収穫を喜んでいた。
適地で日系の大応援
和泉監督
「ホームと錯覚」
約1800人収容のスタンド
はレイバーデー・ウィークエン
ドにもかかわらず、連日7割ほ
どの客入りで賑わった。そのほ
とんどが日本選抜ファンで、日
本の旗が振られ、太鼓や幟(の
ぼり)を使った日本式の応援で
選手を後押し。猛暑の中、法被
姿やうちわ片手に「ニッポン!
チャチャチャ!」と大声援がこ
だました。
大応援団は地元日系社会を中
心に、県人会は「郷里の英雄」
を迎え、金城選手が打席に立つ
と沖縄民謡が流れるなど各県の
郷土色を出した応援が続いた。
また、母校後輩の早稲田実業の
三選手には伝統の応援歌で励ま
すなど、心強い援軍に和泉監督
は「アウェイなのに、ホームで
やっているように錯覚してしま
う」と喜びを語った。
日系社会が選手歓迎
親睦の趣旨達成される
大会初日の2日夜には、小東
京のレイカイズ・キッチンで歓
迎晩餐会が開かれ、日系社会が
日米選手をもてなした。テーブ
ルには両国選手が交互に席に着
き、恒例のペナントを交換。そ
れぞれ、母国語に訳したメッセ
ージを添えてプレゼントした。
選手らは笑顔で握手、自己紹
介し、野球歴や憧れの選手を教
え合ったり、使用する野球用具
のメーカーやバットのサイズ、
グローブ、ミットなどの特徴を
情報交換。日本選手は英語が苦
手としながらも、同じ野球を愛
する日米の高校球児は心を通い
あわせ、打ち解け野球談義に花
を咲かせた。
鮫島捕手は、歓迎会でウェ
ス・ドレル(クロビス)の横に
座り会話を弾ませた。同じキャ
ッチャーの2人は、翌日の練習
でミットを交換し、試すことを
約束。互いに相手のミットを好
評した。
ホストファミリーと一般参加
者は、両国選手を歓待。同郷選
手と記念撮影したり、各県人会
は記念品を贈るなどした。野球
のみならず、日系社会が米国選
手と交流した上、母国出身県の
選手と親睦を深めるなどし、親
善という趣旨が達成された有意
義な大会に終わった。
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