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日米友好基金:キム・アンナさん顕彰
「命の電話」での貢献称え
2006年9月30日

 困っている人や悩みごとを抱えている人の相談相手になり、問題解決の
手助けをしている「日系ヘルプライン・命の電話」で、18年以上にわた
りコーディネーターとして活躍しているキム・アンナさんの功績を称える
顕彰昼餐会が24日、日米友好基金(USJRF、若尾龍彦代表)の主催
で、小東京の都ホテルで開催された。

JA Relation

顕彰されたキム・アンナさん(左)。右は、
日米友好基金の若尾龍彦代表

 約60人が出席した昼餐会の
席上、日米友好基金およびロサ
ンゼルス市から感謝の盾と表彰
状がキムさんに贈呈された。同
基金は2002年4月に設立さ
れた非営利団体で、広範な教
育、文化活動を行うとともに、
地域社会で地道な貢献をしてい
る個人や団体に焦点を当てて紹
介し、その活動を称えることを
目的の1つとしている。

 財政難に陥っている日系ヘルプラインを支援する目的で今年2月、「命
の電話を支援する会」が設立された。会長を務める入江健二医師は、キ
ム・アンナさん紹介のスピーチで「約20年前にサンタモニカ海岸で起き
た母子入水事件をきっかけに日系ヘルプラインが設けられ、これまでに多
くの人が危機から救われてきた。キムさんは、福祉、法律、医療、移民、
ビザ問題など広い範囲で相談にのってきており、日系コミュニティーは計
り知れないほど大きい恩恵をキムさんから受けている」と感謝の気持ちを
表し、「失われなくてすむ命を救いたい。特に家庭内暴力から子供たちを
守っていく」必要性を強調した。

 キムさんの半生は、まさに波乱万丈。朝鮮に生まれ、父親の転勤で2歳
の時、満州・牡丹江へ。第2次世界大戦の末期、突如、侵攻してきたソ連
軍を逃れて北朝鮮に。そこもすぐ追われ、着の身着のままで38度線を越
え、ソウルに脱出。途中、わが子を捨てて逃げまどう親たちの光景を何度
も目のあたりにするなど、悲劇の生き証人に。その後、朝鮮動乱にも巻き
込まれたが、1954年に結婚。69年から4年間、夫の転勤により日本
で生活し、84年に渡米。

 キムさんは自己の体験を振り返って、「人間が感じる悲しみ、苦しみ、
痛みなどは、どの民族でも同じであることを実感した。電話相談も、民族
を超越して、悩める1人の人間から相談を受けているのだ」との気持ちで
応対しているという。

 自己の体験を綴った「牡丹江ー梨惠歳の夏」(2004年、日本文学館
刊)の中でキムさんは、激動する社会に生きてきた実体験を通して学び得
た、人間として生きていく信条を率直に語っている。信念と知性と慈愛に
満ちたキムさんの活躍を、日系社会はまだまだ必要とし、そのための支援
が一層望まれているところだ。

 昼食をはさんで、テーブルごとのディスカッションが持たれ、悩みを持
った人をサポートする団体・組織の確認などを行い、ネットワークの強化
などが要請された。

 日系ヘルプラインの電話は、1・800・NIKKEI・1(1・80
0・645・5341)、213・473・1633。
(石原、写真も)

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